先輩の声

先輩の声

年代別


30歳代


青空がとてもきれいで気分爽快!

大草原の小さな宿 “こもれび”

大草原の小さな宿 こもれび


  • 京都から移住した川勝さん

 『こもれび』は北海道中を旅した宿主が十勝清水町を気に入り2005年に開いた、一人旅や少人数での旅行者歓迎の大草原の中の1軒宿です
 移住を考えている方のお役に少しでも立てればと情報提供などをしており、2005年開業以来10人ほどの方が十勝に移住されています

  • 清水町へ

 川勝さんは2004年9月(当時28歳)に清水町へ移住しました
 毎年北海道各地を旅行していて、常々北海道で一人旅の方が気軽に泊まれるような宿を開きたいと思っていたそうです
 そんな時、元々農家の跡地で喫茶店を経営していた同郷の方から家と土地を譲っていただき、自分で改築をして大草原の小さな宿 “こもれび”を開きました

中央の川勝氏とお客様(左は東京都の小杉さん、右は滋賀県の今井さん)

 北海道というと、酪農地帯や草原というイメージがあったそうで、清水町を選んだ理由としては、平野(草原)があり雄大な山並みを望める景観がまさに自分の理想にぴったりだったそうです

  • 1番恵まれたこと

 川勝さんは『皆さん本当に良い方ばかりで、それがこちらに来て1番恵まれていること。』と地域に進んで溶け込んでおり、地元の行事にも積極的に参加されています。

  • 北海道の四季

 移住を考えている方には『北海道は季節によって風向きや環境が違うので、その地域に最低1年間四季を通じて暮らしてみてください』とアドバイスされているそうです。
『皆さん冬のことを心配されますが、十勝の冬は雪も少なく晴天が多いということがあまり知られていない
 青空がとても綺麗で、気分爽快になる。京都より十勝の冬の方が快適』と
四季を通じて北海道暮らしを十分満喫されており
有意義な時間を過ごされています。


オーナーの川勝さんは大草原の小さな宿 “こもれび”に
泊まりに行けば一晩かけてじっくりと移住について教えてくれます

野良

2匹目の野良



最近住み着いた野良猫、名前はまだない
生まれてからの食生活のためか
昆虫しか食べない

いつの間にか
もう一匹増えていたとか







40歳代


自然に囲まれて子供を育てたかった  

横浜市より移住された池田さん


大自然の中で子供の五感を育てる

空・土・水・空気・人


 都会で子供を育てることに違和感を感じた池田さんは母親の生まれ故郷である
十勝での生活にいつしか思いを馳せるようになったそうです


  • 公園で遊べない!?

 狭くて危ないからという理由から、公園でボール遊びが出来ない等の制約の多い都会の公園では、いつしか子供達は公園に携帯用ゲーム機を持ち寄り遊びだすという不自然な光景が目につくようになり自然の中での暮しを考える大きなきっかけになりました

 十勝に20の市町村があることを知らなった池田さんは十勝の広さに戸惑いながら、まず帯広を中心に住まいを探したそうですが自分が思い描いた場所が見つからず、街を離れて農村地帯のとある町に家を借り、住み慣れた横浜を離れ十勝での生活を始めました


  • 清水町へ

 永住のために家の購入を考えていた池田さんは、学校>買い物>通勤と、子供を育てることに重点をおいた母親の目線で住宅探しをされ、日々新聞の不動産情報をチェックし続け手頃な住宅をついに見つけました

 住宅と環境が気に入った後の行動は素早く、購入を決め地域に溶け込むためご近所の方々や町内会長へ引越し前に挨拶をするなど、積極的な行動に出ました

 学校・町内会と親子で参加する行事も多く、子どもがいたお影で早く地域の方々と、とけこむ事ができたと感じており
この地域での、子供をとても大切にする気風に感動した池田さんは、その気風はきっと昔からのものだろうとも感じています
 また、御影地区は、街の規模が大き過ぎず田舎過ぎないところが良いところでもありますが、祭りのとき等はどこからこんなにと
思う程の人手でとても盛り上がるといったように、普段から町を盛り上げようとする人々が多い地区だとも感じています


  • 学校での見守り

 学校において、意地悪や仲間外れなどの問題はどこにおいても皆無では有りませんが
子どもの数が少ないため、一学年一クラスの少人数体制になり、先生方を初め地域の目が行き届き、早い段階で問題の芽を摘むことが出来ており、先生が一人ひとりの生徒を親しみを込めて下の名前で呼ぶアットホームさがあります

 その反面、勉強面においては馴れ合いから競争心が薄れるという点、少人数制に慣れ過ぎると高校でいきなりクラスが増えた時
急な環境の変化に戸惑うケースも見られるという点など、一部の例にすぎませんが、これらは普段から親子のコニュニケーションを
大切にし、また学校との連携により解決する問題であると考えています


カレーうどん ひまわり号発進

 移住されて4年目、清水町での生活にすっかり慣れた池田さんは自分らしさを出すために
外に目を向け、以前から考えていたカレーうどんの移動販売を始めました
清水町で年数回行われる祭りや依頼があれば駆けつけるなど、積極的にイベントの場を中心に大活躍しています


 開業を機会に清水町商工会と商工会観光協会に入会し、更にアクティブになられた
池田さんの今後の活躍が期待されます


ひまわり号





60歳代


第二の人生がスタートしました!

奈良県から移住された 郷原宣道_静子夫妻

郷原宣道_静子夫妻


清水に来てからまだ2年とおっしゃるお二人にも長いドラマがありました


 永住の地をどこにしようか悩みに悩み、十勝の自然に魅せられ、お二人の夢を
実現するため清水町に移住されました

 戦前に大陸で生まれたご主人の宣道さんは幼い頃から広島(宮島)→名古屋→京都→兵庫→京都と転々とされました

 建築で学位を取られ大阪で建築関係の仕事に就いたころから
落ち着ける場所(故郷)を求める気持ちが強くなったそうです

 二度目の京都で京都出身の静子さんと御結婚
奈良県の河井町にあるニュータウンに移られて35年間そこで二人のお子様を育て上げ
このままこの地にと考えた時、何か違うものを感じられたそうです。

  • あえて不便な町に

 ニュータウンという所は、都市計画に基づき利便性を追求した何でもある街でしたが
お二人共に作られた街に対し飽きたという気持ちが浮かび
安住の地とするのはここではないという思いで、第三の故郷を求めて数々の候補地を検討される中
娘さんが清水町に住んでいた関係でこの地も候補地の一つに入りました


  • 自然に対して飽きないと感じた

 初めてこの地に来た時は本州の人間として今までに見たことのない景色に物珍しさすら感じ
何度かの滞在で清水町の四季を感じたお二人は自然の移り変わりを見るにつけその新鮮さに感動を覚えたそうです

 その度に違った景色を見せてくれる自然や広大な畑は
2年たった今でも飽きなど感じさせないそうです


  • そして清水町に

 数々の候補地の中には
三重県の海岸沿いの“合歓の郷”(ネムノサト)と
琵琶湖湖畔のマンションがあり、そこは既に手付金まで
支払われていたお二人でしたが、清水の舞台から飛び降りるつもりで
お気に入りの自然の中で暮らす素晴らしい日々を夢みて決断をされた
当初は農村部で自然の中での暮しを考えましたが、老いのことを考え便利な市街地に住居を構えました

 市街地といっても川原に続く見晴らしの良い土地に菜園を作れるほどのゆとりがあり
作物の成長がこれからの楽しみの一つと話してくれました

郷原邸裏庭




ご近所とのお付き合いも
『仲良くしたいと思えば気持ちも伝わるとの思いから
これから種々の活動に少しづづでも参加していきたいと思っています』
と話されていました


自宅裏の緑豊かな広いお庭 ⇒




ブログ



「北海道田舎暮らし」週末農民の移住開拓日誌


こちらは十勝に移住された方のブログで
素敵な写真がいっぱいです





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